シンガポールに移り住んで10年経過。この先は現参画先と家業に没入します。

 

10年前の2008年5月26日。

僕はシンガポールに 引っ越し先のコンドミニアムを決めるために来てました。3つほど観て回って、もっとも浮世離れした2ベッドルームに決めました。27階の窓からは海だけが観えるとこ。

 

その数日前…5月23日は、いつものようにNIKKOに出勤し、いつものように帰宅した日でしたが、僕だけは最後の出勤日になると知っていました。

 

そう、6月からシンガポールに移り住むことを決めていたのです。…とりあえず先のことはあまりかっちりとは決めていませんでしたが、当座のネタは2つ。

 

ひとつは椿進さん(ボストンコンサルティンググループ もとパートナー)らとシンガポール、東京、上海で同時に起業したコンサルティング会社 PanAsia Partnersの立ち上げ。

 

 

もう一つは設立5年目にして、ようやく累積損失の一掃に目途がついたLENSMODEでした。

 

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あれから10年が経ち、僕はいまもシンガポールに軸足を置いて、主に東南アジアにて事業を営んでいます。(このブログも来月10周年を迎えます。)

 

けっこう気合を入れて始めたコンサルティング事業でしたが、取り組むなかで己には根本的に向いていないことが解り、わずか17カ月で資本を置いたままパートナーを退任しました。

 

退任のキッカケとなった…未来予想への出資および経営参画(2010年6月 現;ソーシャルワイヤー)http://katou.jp/?eid=226 を契機に、僕自身は【スタートアップの資本と経営に参画する】というハンズオン スタイル=『エンジェル事業家』へとシフトすることになり現在に至ってます。

 

 

2016年の夏、いくつかの参画先の第三者割当実施と事業進捗が己の不徳も相まって不調に至ったことで、新規での資本と経営への参画を極力控えることに決めました。 http://katou.jp/?eid=549

 

それまでの6年(2010〜2015年)は毎年50社を超えるスタートアップを吟味し→適宜参画していましたが、IVSなどのカンファレンスへの参加は見合わせるように切り替え、わざわざ加藤に出資を申し入れていただく方で、かつシンガポールまたは東南アジアの国での起業を志してるケースのみを検討していく格好に変えたのです。 

  

 

昨年2017年は、2014年に創業/参画した3社(KAMARQ、AGRIBUDDY、ビットバンク)がいずれも資金調達および事業成長の両面で花開き、それまで取り組んできたことへの大きな手応えを得ることができました。VoiStockそしてHAKOVOという素晴らしい会社への新規参画も果たすことが出来ました。

が、一方で実家の家業を一身に背負っていた実弟を4月末に事故で喪い、その後継代表となったこともあり、自分のライフプランを考え直すに至りました。 

 

今週… 本年末に70周年を迎える家業を、僕自身の発想と企図をもって主体的にギアチェンジ=再興することで腹を固めました。10年ぶりに己が長の組織において、人様に混ざってもらうことを決めました。

そして年内には新しい家業の姿を公表したい、と考えています。

  

これまでに参画してきたスタートアップの事業運営と家業再興に集中するために、新規でのスタートアップの資本と経営への参画は 無期限にて一時停止 といたします。

  

 

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LENSMODEは、お陰様で2月14日に15周年 http://katou.jp/?eid=612 となり、今後は米国やASEAN各国などに更なる進出を果たしていこうという運びで、僕自身の絶大な下支えとなってくれています。同社グループのメンバーには烈しく感謝しています。

  

もうひとつの会社PanAsia Partners は4年前に社名がAsia Africa Investment and Consulting http://aa-ic.com/index.html に生まれ変わりました。この5月23日が累計10回目の株主総会だったんですよねぇ。同社はいよいよ創業当初の志しがカタチになってきており、株主としてとても楽しみな状況です。

 

Posted by 加藤順彦ポール | comments(0) trackbacks(0)

私も履歴書 21 |スーツ着て営業に行く学生を謳って、煽ろうと。

 

 

年が明けて1988年になる頃には、僕はマイライセンスで合宿免許の問い合わせ対応をやりながら、合間にサークルカタログの広告営業をやる日常になりました。

さなさんや西山さんについて営業に行くことはありましたが、いつも同行でした。これからは自分でアポをとって、一人でいくことになったのです。

 

その頃の僕は、さなさんに弟子入り(?)してからというもの、真似をして、装いはすっかりイタカジ系でした。

 

上は大胸筋を強調する肩パットがっつりのブルゾン。中はイタリアン風味の派手なシャツを第三ボタンまで開けて着る+下着なし。

下はステッチがしっかり入ったGMVのデニム。靴は薄いスリッポンで靴下なし。ハンティングワールドのショルダー鞄。

 

(当時の心斎橋、アメリカ村界隈は、とにかく大阪イタカジの全盛期でした。

GMVことジャン・マルコ・ベンチューリに、ヴェルサーチ、フォンタナ、トラサルディ、アルマーニ、ミッソーニ、フェレ… 

 

まホンモノは高いので、だいたいアメリカ村のコピーでしたが。

 

つか、あの頃はDCブランドも大ブームだった。つまりあの頃は、ほんとうにお洒落な人が多かった。

50年生きてきたけど、あの頃ほど日本がお洒落だったときはないと思う。)

 

でも8階で営業部が出来てからは、さなさんだけでなく、ありゃりゃ…高橋信ちゃんも杉山さんも、スーツ着て営業に行ってる!ので、僕も入学式のときに親に買ってもらったペイトンプレイスの濃い焦げ茶色のスーツを出して着ていくようになりました。

 

サークルカタログに加えて、11階では大学の合格発表にあわせた運転免許合宿のパンフレット制作が平行して進んでいましたが…2月に入れば、例の其のパンフ配りがほぼ毎日、大学の合格発表に合わせてあります。2月末までにはサークルカタログの広告も売り切らないといけません。

 

つまり、これから先も僕と同じような学生社員が要る!。

 

かたや9月以降に友人知人の大学生を勧誘しだして、よく解ったことがありました。

 

リョーマのような大学生ばかりの企業ごっこ(いわゆる学生企業)、僕は楽しくて嬉しくて朝から晩まで仕事(?)をしていましたけど、みんながみんな面白いと思うものでないようなのです。

 

まぁ、そもそも時給なんぞありません。一応タイムカードのようなものはありましたが、実質意味なし。一日14〜16時間働いても給料(?)は月3万とか。要するに新興宗教の細胞と一緒です。

つまりお金にはならない。お金がほしい人には向いてない。

 

 

…であれば、ナニが動機の人に向いてるのか。

ズバリ特殊に 個性的な人 との関わり です。

 

それは僕自身が身をもって知っていたこと。実際、僕がリョーマに毎日朝から晩まで居た理由は、それだけでした。

 

とにかく真田さん西山さんと一緒に居たかった。

二人は僕にとって刺激のカタマリでした。全てが新鮮で、己がぐんぐん成長している感じが足にキテました。

 

しかしながら、同じような生き方に興味を持ってくれる人は多くない。いや…かなり少ない。

 

で、あるならば普通に募っても見つからない。

 

給与の設定がないので、そもそも求人媒体に広告出せない。

 

そこで、さなさんの提案で、

僕自身が制作中のサークルカタログに 自分自身が紹介される側の人として出ることになりました。

 

僕が日々どのように生きているのかを記事にすることで、同じように生きてみたい人を募ることにしたのです。

 

 

なんせサークルカタログは公称10万部を刷り、大学入学式の当日に校門前で新入生に配るわけですから、きっと…絶対数的には僅かな変わった感性の人が記事を読んで連絡をくれるはずです。

 

その特集では「関西で頑張ってる大学生のセンパイ」として、さまざまな人を取り上げました。

フリスビーで世界一になった人、アメフトで大学日本一になったチームのQB、アイセックの活動で世界中飛び回っている人、、、その中に僕の紹介も混ぜることになりました。

 

スーツを着て名刺を持ってショルダー携帯電話を抱えて大学に行き、授業に出ずに学内で企業の宣伝やイベントのポスターを貼ったり、学内でグループインタビューをやったり→

大学帰りに営業に行き、クライアントと打ち合わせ→

そのまま会社に出勤して営業会議&フォロー電話→

夜はミナミでディスコまわり、店長や学生サークルの代表とVIPルームで打ち合わせ→

そのまま先輩のおごりでカラオケ行って、終電ないので、朝まで事務所で寝る→

そのまま朝礼出てから、また大学へ→ …  (無限ループ)

 

といった(当時の)日々の僕の生活を文字にしてもらい、結びに新入生へのリョーマ学生社員の勧誘文句を入れることにしたのです。

 

で、僕は入学式に買ったスーツとは対照的な崩れたかんじの…黒に近いグレイのYin&Yangのスーツを正月あけの心斎橋BALのバーゲンで買いました。

 

両手に黒電話の受話器を持った満面の笑みの僕の写真を、佐々木あつこ副編集長に撮ってもらいました。

 

 

さて、これで4月にどれだけ新しいスタッフが集まるか、ね。

 

サークルカタログの制作は続きます。

 

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