私も履歴書  34|インターネット広告の光明。

2026年1月11日

 

既得権益のない新しい市場でこそ、ベンチャーは輝けること。
大手が参入してくるまでのタイムラグを活かすこと。

ISP業界の盛衰は僕に、インターネットがもたらす真の可能性を教えてくれました。これはまだ始まりに過ぎない。インターネットという大きな波は、これから様々な業界を変革していく。その波に乗り続けることができれば、日広はまだまだ成長できる。

これまでの一連の経験を通じて得た重要な教訓が、僕の確信を支えていました。成長する産業を見極め、そこに早期参入すること。既得権益のない新しい市場でこそ、ベンチャーは輝けること。大手が参入してくるまでのタイムラグを活かすこと。ISP業界の盛衰は僕に、インターネットがもたらす真の可能性を教えてくれていたのです。

*****

95年、僕ら日広にてISP事業者向けの広告取り扱いに注力しだしたころ、既にアメリカから、まったく新しい広告=インターネット広告の息吹が聴こえてきていました。

96年になって早々に無料インターネットサービスであるハイパーネットの広告の取り扱いが始まりました。日広も広告代理店として名乗りを上げました。

さらに前後してYahoo!Japan、アサヒコムといったインターネット・メディアが相次いで立ち上がっていきました。そう、そして急速にインターネットそのものが広告媒体になっていったのです。

1996年4月、ソフトバンクのオフィスで「Yahoo!はジェリー・ヤンという学生がやっている会社で、ソフトバンクが100億円を出資して筆頭株主になった」と聞いた時の衝撃は忘れられません。IBM箱崎ビルのエスカレーターを上がったところにあった小さな間仕切り—そこがヤフー株式会社のオフィスでした。社長は井上雅博さん、1号社員は有馬誠さん。わずか3名からのスタートです。

MSNの「今日の特集サイト」は画期的でした。バナー広告が主流の中、テキスト形式のリンクがトップページに表示される—シンプルでありながら、これがとてもよく売れたのです。
1クリック当たり50円を下回ると効果が高いと言われた時代に、この商品は確実にその基準をクリアしていました。

バリュークリックジャパンとの代理店契約では、僕は逆手を取った戦略を編み出しました。
クリック保証型広告の仕組みを理解し、あえてクリックされにくい広告を制作したのです。バナー全体に写真やサービス名を大きく掲載し、「今すぐ購入」「購入予約する」といったハードルの高い表現にして、関心がある人だけがクリックするようにしました。
たくさん表示されれば認知は広がるし、クリック保証数に到達しない限り1表示当たりの価格は下がり続ける。お客様には喜ばれましたが、バリュークリックからは「全然クリックされなくて困ってます」とよく怒られていました。

98年~99年のISPブームの終息は、確かに一つの区切りでした。
ISPの競争の火が突如萎んでいったなかで、早々に手仕舞いし、インターネット広告にポイント集中した日広の売上が16億は9億に減ったのは、実に道理でした。

というのも雑誌広告を売ると軽くページあたりで100万150万で売れるところを、かたやネット広告は超ニッチ、めちゃめちゃ苦労してヤフージャパンでバナー広告を掲載しても、1週間、1ヶ月のせ続けても40万50万とかにしかならなかったからです。

もちろん生産性は激オチしました。僕は平日は毎日3~4時間程度しか床につきませんでした。いっぽうでインターネットはわけがわからない、ついていけないと社員もけっこう辞めました。少し焦りましたが、もう僕はネット広告経済圏の大成長を確信していました。
その頃、日広の”インターネット専業広告代理店”としての基盤が出来ていってる手応えがあったのです。

*****

1997年から99年は、僕の半生の中でも、最もあっという間に過ぎ去った、超ポジティブな狂い咲きの期間でした。

ヤフーの検索結果キーワード広告、msnの今日の特集サイト、ウイークリーまぐまぐのヘッダー広告、バリュークリック、サイバークリック、といったクリック保証型アドネットワーク、infoseek、goo、exicite!、LYCOS、といったヤフーを追うポータルサイトの広告、、、(写真は1999年の暑中見舞いはがきです。)

 

僕らは無我夢中になって、売りまくりました。そして、これまでの半生で、最も酒量が多かった年=呑みに行った夜の多かった期間のはずです。

この頃の写真がこれです。後ろにinterQの初期サービス用のモデムがずらりと並んでますね。

 

 

< 私も履歴書 33  https://katou.jp/?eid=182

> 私も履歴書 35  https://katou.jp/?eid=191

 

 

※この時期の詳細は、web担当者forum連載「インターネット広告創世記」

第8話「大手出版社と直接取引できるようになるのは”来世紀中”は無理!?」 および

第12話「MSNの『今日の特集サイト』とインターネット専業広告代理店の台頭」 でも触れています。