ひろのぶと2周年。篤志家の皆様のご紹介と新規参画のお誘い。

2022年3月17日、ひろのぶと株式会社は2周年を迎えました。

 

2年前、ようやく設立(難産でした)も出来、いざ資金調達活動を開始しよう!としたところで、新型コロナウィルス禍に見舞われ調子がくるい、算段が烈しく見当違いになってしまいました。

それでも代表取締役 田中泰延の人物を見込み、印税率で出版業界を変えたい!という志にご賛同頂戴し、第三者割当増資をお引き受けいただいた皆様からのお蔭で、書籍刊行の準備をコツコツと積み上げることができました。

ひろのぶと株式会社は上場を目指しません。会社の売却も目指しません。

良い書籍を世の中に送り出したい。

本を書いて、生活できる社会をつくりたい。

本の「ファン」、この会社の「ファン」になってくださる みなさん「と」出版物を創り続ける会社でありたいです。

 

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2周年の機会に、弊社ひろのぶと株式会社に一昨年9月から今日に至るまでにご出資いただいた篤志家(個人投資家)の皆様をご紹介いたします。皆様より現時点で計1億円の出資を受け、更に4月にも大幅増資の予定です。

 

大塚雄三さん。僕が友達になったのは、雄三さんがバンド活動を停止し会社勤めを始めた頃。もう13年くらい経ってるのでしょうか。その後もちょいちょい連絡を取り合ってたのですが、なにかの機会で僕が田中さんと会社を始めたことを知って連絡をくれました。実は田中泰延「ファン」ということで…それは嬉しい。お引き合わせの場を作り仲間になってもらいました。砂かぶりポジから「のんべんだらりとやってください」と励まされています。

 

たぐち事務所 田口茂樹さん。田口さんは長らくシンガポール在住。カンボジアにも拠点を持ち、東南アジアへの造詣も深い方です。あの優良ベンチャー株式会社エス・エム・エスの共同創業者。現在も様々な領域で事業に取り組みながら、投資も行われてます。田口さんにはtwitterで田中泰延を見出し、高い関心を持ってもらいました。そして実際に会って話すなかで、田中さんの人となり、ひろのぶとの夢と目標に共鳴。お仲間となって以降は、弊社より出版を目論む作家たちとも前のめりに交流されてます。

 

僕が田中さんと知り合ったのは、東京で1988年に組成された「サークル」S.Y.Nに、彼もまた参加していたからです。今回の資本金集め、そのS.Y.Nの頃からの仲間にはどうしても混ざってもらいたく、田中さんも僕も懸命にお願いしてまわりました。
倉橋大輔さん (株式会社エスエルケイ 会長兼CEO)
高橋広敏さん (パーソル ホールディングス株式会社 代表取締役副社長 COO)
玉置真理さん (株式会社ザッパラス 代表取締役社長兼CEO)
高橋さん玉置さんは、田中泰延「午前2時のプールサイド」 に登場する…あの「100円置く」わけではない面々。倉橋さんは2011年に共に世界一周にも出かけた30年来の親友でもあります。参加いただき、まことに嬉しいです。

 

S.Y.Nができた経緯には、僕が大学に上がって(1986年)から、直ぐに仕えたボスである真田哲弥さんが大きく関わっているのですが、真田さんにも快く出資を応諾して頂きました。長くKLab株式会社において経営にあたり、今も取締役会長を務めています。

真田さんはビジネスアイデアを練り上げる天才。当初20%(日本の慣習の倍の設定)とした著者印税の発想を、さらに売上に応じたダイナミックな設定にした方がいい、と累進印税!を提案してくださいました。ひろのぶとは100万部突破で50%の著者印税で契約いたします。

 

1990年、玉置さんと真田さんが設立したダイヤル・キュー・ネットワークに参加すべく、僕は上京したのですが、同社の五反田事務所で軒を並べた仲間ベンチャーのジンテックでメンバーとして活躍していた二人である
早川由紀夫さん (株式会社ジョイカルジャパン 代表取締役社長)
岩城肇さん (株式会社ジョイカルジャパン 代表取締役副社長)
そして同社前代表取締役の中村靖弘さん (ジョイカルジャパン  取締役会長)からもご出資頂きました。

 

2012~13年にかけて僕が製作した映画「Fly me to Minami 恋するミナミ」。一緒にやろう!と、勤めていた電通関西支社の仕事として請けてもらったのが、僕と田中さんのある意味初めての共同作業でした。その田中さんが24年間勤めた電通を退職し青年失業家、そして社長として出版社を設立へ… と転じるにあたっては、多くの先に独立開業されてた皆様からの親身な示唆・助言・諸々がありました。
野口卓也さん(株式会社バルクオム 代表取締役CEO)
安宅正晴さん (株式会社オノフ 代表取締役CEO)
大野茂さん    (阪南大学教授)
は、田中さんの電通在職時から今日に至るまでの紆余曲折を生暖かく見守っている 愛ある御友人です。今後ともご指導のほど宜しくお願いいたします。

 

昨年の今頃は、会社の体裁を整えるのに七転八倒していたわけですが、よちよちながらも独立二足歩行できるよう多くの作業を担っていただいたのが岩崎綾さん。岩崎さんとは20年ほど前から面識があり、その頃に垣間見ていた非凡な才を見込み、ひろのぶと黎明のテープカットをお願いしたのでした。社員第一号としてお迎えしたものの、無理難題を引き受ける限界に達し…ご退職。にも拘らず、僅かしか出せなかった賞与を丸ごと、ひろのぶとの株式に替えて頂いています。

 

あの電通で田中さんは入社以来退職まで24年間、一貫してクリエーティブ局にてコピーライター/プランナー という…同社の花形なお仕事に従事してました。流行り廃りの烈しいギョーカイの界隈において、田中さんの入社(1993年)の遥か前から 別格 と憧憬されていたのが糸井重里さん。在職中は大規模プレゼンで同室に居合わせたり、先輩主催の飲み会に行ったら向こうのほうに鎮座されてたり、といった雲上人とその他大勢という位置関係でありました。が!田中さんは運よくtwitterで糸井さんに発見され、今はたいへん可愛がって頂いてます。

 

ひろのぶと株式会社の英文表記は Hironobu &Co. 。

即ち、ひろのぶ・アンド・カンパニー、「ひろのぶと仲間たち」という株主様による組織を目指します。
読み手と書き手のフェアな関係なつくりのロールモデルになっているのが、糸井さんが長らく育んでこられた株式会社ほぼ日 です。田中さんは上場後の同社の株主総会に参加して、深く感動し、己も会社を興すならば、斯くありたいと決心しました。そのイメージのままにやってこれたのは、糸井さんとの出会いがあってこそだと思います。

 

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いま私たちは更に多くの方に Company…つまりファンを超えた「仲間」になっていただくために、まだ新しい仕組みである株式投資型クラウドファンディングについて学んでいます。
ひろのぶとにはご案内のとおり、既に多くの資本金・資本準備金があります。なので当座の事業資金は潤沢です。そのうえで、共に出版事業に取り組む仲間を募りたいわけです。

 

しかし株式投資型クラウドファンディングに参加するには、
●株式投資の経験が必要
●取り扱う証券会社の入会審査がある
などのハードルがあります。

新しい出版のかたちへの有志全員参加について、御一緒に考えてもらえたらと思っています。
今日から3年目。ひろのぶとは出版を開始します。よろしくお願いします。   (photo:Ani Watanabe)