祖父 瀧浪久男と堺愛育会についてのメモ 2

2021年9月14日

前回に続きデジタル文字起こしする文章は、祖父 瀧浪久男が初代会長を務めた堺精神薄弱者愛育会(現:堺愛育会 )の会報「陽の丘」創刊号(1973年4月24日発行)冒頭に掲載された 祖父 瀧浪久男による「発刊のことば」です。

 

1972年5月設立の堺愛育会は、それに先立つ1968年5月20日、堺市立百舌鳥養護学校(現:堺市立百舌鳥支援学校)を卒業した人たちのために、保護者、学校、関係機関などが協力して働く場としての”あすなろ授産所”を後援すべく設立された、と読み取れます。

そして「発刊のことば」によると発足にあたっては700名超の方々から総額160万円余りの寄付を集めた模様であることがわかります。その、けっこうな人数!に驚きました。

今回の文字起こしにあたり、祖父の足跡を辿ってみました。嬉しいことにあすなろ授産所 は移転を経て、現在もしっかりと運営が続いていました。また前回の文字起こしにあった「学校に寄贈された『自立』の碑」は今も堺市立百舌鳥支援学校に現存していました。なにより感激したのは堺愛育会が継続していたことです。保護者の方を中心に脈々と引き継がれた会は、今もあすなろ授産所の運営を応援すべく在りました。

と、いうことで先般、恥ずかしながら、遅ればせながら、不肖加藤も堺愛育会に入会させていただきました。これからは微力ながら息長く、あすなろ授産所の「さをり織り」製品を世の中にひろめていく一助でありたい所存です。

 

追伸: あすなろ授産所のサイトのトップページに貼ってある(2021年9月13日現在)スローガンをここにコピペしておきます。

「生きぬく力」を身に付けよう!!
・障がい者や社会的に支援を必要な人たちに、自己決定をする力をつけ、地域で安心して自分らしく生活できるように支援していきます。
・障がい者や社会的に支援の必要な人たちの人権が尊重され、自立し、社会参加できる力をつけるとともに、生活の場(居住・就労・余暇)での必要な支援を受けることで、本人や家族に安心と希望を与えることを目的とします。

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発刊のことば 会長 瀧浪久男

愛育会が皆様の非常なご支持を得て、昨年五月発足してからもう一年近くもたちました。
その間、会員募集に懸命に努力しましたが「精神薄弱者と共に手をとって、そしてこの人達が人として尊重されるあたゝかい職場や社会をつくる為に協力する」という会の趣旨をよくご理解いただき、広く社会の有力な指導的立場の方々をはじめ、情熱をこめて推進をいただいた熱心な同志の強いご協力を得て、人員にして七〇〇名余、金額にして百六十万円という大変な数字を記録することができました。

会の仕事はようやく緒についたということで、これからですが、これ程の大勢の人々、これ程の広い層の人々、これ程の有力な人々の参加を得たということで、我々が意図した「精神薄弱者を真の人間尊重の立場から社会に温たかく迎えよう」という念願からすれば、その目的の大半は達せられたとも言えます。

わたくし達を信頼して多額の拠金を賜わりご協力をいただいた大勢の方々に対して、何といって感謝してよろしいか、私達はただ誠意を以て、そのお心におこたえせねばなりません。
福祉の問題が今日程やかましく言われたことはありません。それはむしろ遅きにすぎ、誠に当然のことであり、大変結構であります。

然しそれが、ただ通り一ぺんの言葉としてとりあげられていたり、バスに乗りおくれない為に、或は票をもらう為に言われているような事であっては、何をか言わんやであります。
それぞれの実体を認識して真の人間尊重の立場から、人としてなさねばならない事を当然為さなければならないのです。

社会の人の心が、「人として、同じ立場にたって共に手をとって行くのだ」という温かい人間尊重の灯をともしてくれるのを待ちわびているのは、単に精神薄弱者のみではありません。
形も大切です。物も大事です。けれどももっとも必要なのは、心であります。そして心は、物を生み、形を造って行きます。

最近、アメリカの教育視察から帰った或る先生の言葉の中に「アメリカでは、社会の隅々、町の端々まで、人の為に奉仕する、社会の為に協力する、教育の為に尽す度合いによって、人間のねうちが自ら決まるという徹底した風潮があり実行されている事に感服した」とありました。

これだけ多くの方々のご理解とご協力を得た事は、我が日本の社会に於ても、我が堺の町に於ても一つの大きな前進を示した事として、強い力を感じさせるものがあります。

具体的な目標としての授産所の設置については府市当局に於ても種々ご高配をいただいており、何とか本年中に目どをつけたいものと思っています。
皆様の尚一層のご協力をお願いして、創刊のごあいさつと致します。