燕三条の発信・交流拠点つくりのクラファンのパトロンになりました。ぜひ皆さんも!


在星邦人向け情報誌SingaLifeからインタビューを受けた際に、同誌の飯田CEOより、JR東日本がシンガポールに新規開業したばかりのコワーキングスペースOne&Coでの記念講演を依頼され「若者よ、アジアのウミガメとなれ」を9月10日に実施したことが御縁でJR東日本グループの事業について、講演前後に改めて予習復習する機会を得ました。

 

 

今季から始まった新潟との往復(99%アルビレックス新潟ワーク)には、関空からはピーチ、シンガポールから成田経由でANA、東京との往復は新幹線まで、さまざまな移動手段を使っているのですが、JR東日本の予約に利用する「えきねっと」などのサービス・業域を辿っていくなかでたまたま発見したのが、家入さん大東さん率いるCampFire との…地域を活性化・魅力的にするアイディアの実現に向けた協業プログラム「地域にチカラを!プロジェクト」でした。

 

 

なになに…おもしろいじゃん。

 

それぞれの取り組みを見ていく中で、俄然!気になったのが、北陸新幹線では新潟駅の隣:燕三条駅からちょっとのところにあるという帯織駅での拠点つくりの事案でした。

 

 

【燕三条地域だからこそ出来る、無人駅をリノベーションした、地域産業の発信拠点とものづくりが出来る交流拠点を作ります!】 https://camp-fire.jp/projects/view/172423

 

 

無人駅、若手アトツギ、ものづくり、 となかなか惹かれるワードが並んでますけど、なかでも圧倒的に「燕三条」ってのがかっこいい。

 

 

一昨年2017年5月、70年続く家業を立派に継いでいた実弟を喪ったことで、不意にその跡目を引き受けることになった僕が、その生業である「金属加工」「金属の専門商社」と初めて向き合いました。

 

その道の手に覚えのない50歳の僕が、いったいここから何ができるのか、何を始めればいいのか、と懊悩した中で、新領域としてフォーカスしたのが、理美容シザーの事業でした。

 

■ ToGEAR シザー研ぎ http://ToGEAR.net

■ 高即シザー買取 http://buy-scissors.com

 

 

大阪の立売堀にあった家業は、僕が生まれた頃には既に主事業が「特約店」と呼ばれる専門商社と型鋼の切断/溶接の加工業態となっていましたが、もともとの祖業の金属加工は、刃物町である大阪/堺や東大阪に古来から根付く伝統工芸でありました。 大阪にはいまも無数の町工場が軒を連ねています。

 

 

僕が、新領域を理美容シザーの事業に絞った中で、その製造元の多くが大阪そして燕三条に集中していることを学んでいました。

だからこそ、その「燕三条」地域産業の発信地にしたい、 というミッションにココロ奪われたのです。

 

 

ていうか、僕もこの発信地に具体的に参加したいぞ。どうすればいいのか。…そうだ、家業の拠点を実際にこの交流拠点に置こう、と思い立ち、10月16日にクラファンのページからプロジェクトへ連絡を取ったのでした。

 

 

***************

いくつかのやりとりが進み、僕はアルビのゲームに合わせて新潟に泊まった翌10月28日の朝に、新潟駅構内のカフェにて、代表の齋藤和也さんとお会いしました。

 

 

 

そして齋藤さんが、僕が2年前から注目していた燕三条地域のオープンデー(一般開放)イベント『燕三条 工場(KOUBA)の祭典』の実行委員長であることや、彼がアトツギ専務を務めるストカ社のことを知って、ますます応援したい気持ちが高まり、いや…固まり、とにかくこの燕三条地域の発信・交流拠点つくりのクラファンでいちばんの応援者になろう、そしてうちの家業グループどこかの本店所在地を燕三条に移転しよう!と腹にきめたのでした。

 

皆さま、クラファンの募集終了は11月末!。あと数日しかないので今すぐアクションしてください。お願いします。

 

 

(EkiLAB構想素案)

 

 

その後、齋藤さんがこの11月16日〜23日にシンガポールのJapan Creative Centreにて開催されている『A Slice of Niigata Food Culture- Experience Gastronomy with Tsubame Sanjo』のために、「燕三条 工場(KOUBA)の祭典」を代表して来星されることも分かりました。 であるならば!、とシンガポール国内でのソーシャルグラフを使った告知や、アルビレックス新潟シンガポールとしてのサポートもさせていただいたり、参画先の鉄板割烹『けん司』にお招きしたのは、前回のエントリでの報告通りです。

 

 

(写真は、山崎純 在シンガポール日本国大使館 大使 と國定勇人 三条市市長の間で、乾杯の音頭をとる齋藤和也さん )

 

 

引き続き

来たる2020年2月21日〜3月22日には、シンガポールの芸術学校である Nanyang Academy of Fine Arts(NAFA:南洋艺术学院) https://www.nafa.edu.sg/ にて 、昨2018年9〜10月にロンドンのJapan Houseにて催されていた「燕三条 工場(KOUBA)の祭典」展示エキシビジョンがバージョンアップ開催され、齋藤さんも長期来星されることとなっています。

 

 

 

 

僕も新潟シンガポール協会 https://niigata-singapore.com/?page_id=10 ではシンガポール企業唯ひとりの一般会員として、精一杯!このエキシビジョンの運営に助力していくつもりです。成果だします。

Posted by 加藤順彦ポール | comments(0) trackbacks(0)

SingaLife No.177にインタビューが掲載されました。(後編)

 

在星邦人向け情報誌最大手の『SingaLife』No.176及びNo.177(2019年9月12日号)に、同誌をメディアパートナーとして開催される ホリエモン祭inシンガポール(2019年10月12日:於 マリナベイサンズ)の登壇者として不肖加藤のリレーインタビューが2回に渡って紹介されました。このエントリでは、その後編の内容を『SingaLife』様のご厚意により、転載させていただきます。前編 http://katou.jp/?eid=660 

 

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–––来星後、すぐに現在のエンジェル投資家の活動を始められましたか?

 

移ってきたときはコンサルをやろうと企業進出のコンサルを始めたのですが、向いてないとわかって10ヶ月ほどでやめてしまいました(苦笑)。広告会社をやっていた頃は、中小企業の社長やネットベンチャーの人たちばかり。トップの方と一緒に仕事をするとアドレナリンというか、ドーパミンが出ます。

 

「海外で起業する人をもっと増やさなければ」ともう10年ほど思い続けてきました。中国では、海外帰国組をウミガメと呼ぶことをライブドア事件の直後ぐらいにアメリカで知りました。80年以降に生まれた中国の富裕層が海外で英語や資本主義を学んで、ノウハウを身につけて中国に戻ってくる。21世紀以降の中国に雇用が生まれるようになったことで、ウミガメたちは尊敬されています。2000年には、中国でインターネットが繋がるようになりました。

 

自分がシンガポールにきて思ったことは、中国でウミガメと賞されるような、海外で新しいことをする日本人の若い層が圧倒的に足りないということです。僕が若い頃は内需が成長していたので、国内でぶら下がっているだけでも大丈夫な世の中でした。かたや今、日本のGDPも新生児数も減り続けています。日本を活性化するには、新しい若い力が、ウミガメが如く日本の外へ出てアジアの成長と繋ぎ、新しい架け橋を作っていく必要があると。

実は明治維新初期の大臣は幕末の留学生が多いのです。江戸幕府がいわゆる少年使節…諸藩を代表する優秀な10代をオランダやイギリスなどに留学させていたのです。皆、海外で英語や文化を学び、明治維新の折に帰ってこいと引き戻されました。沢山の知恵を身につけた若者が戻ってきて活躍したのです。

 

 

–––ところで、エンジェル投資家とは、体系的にはどういった活動をされているのでしょうか?加藤さんは複数の会社に関わっているそうですね?

 

私は投資するだけでなく、その多くの経営に参画しています。ほとんどダイレクター(シンガポール在住役員)です。私の場合は、事業計画を一緒に考えたりします。お店を一個増やそうとか減らそうとか、海外に進出しようとか、新規事業を始めようとか、そういった話をします。あとは、新しい株主を増やすための計画を練ったりもします。20数社に関わるペースはバラバラで、月に1回行く会社もあれば、2回の会社もあるといった感じです。あと、社員に相談しにくいことの相談を受けたりもします。ほぼ毎日役員会議をしていますね。

 

–––出資をしておしまい、ということはないのですね

 

社長と合宿するような感覚で相談にのることもありますね。

 

–––新事業に関する会議をする機会も多いですか?

 

新たなマーケットを作らないと、2000年前後に台頭したネット起業組を超えられないですね。前の世代たちが作った土台の上で、プレイヤーで居続けないといけないのはしんどい。若者には、新しい土俵でやることに挑んでほしい。AIとかインドやアフリカね。そういう意味ではクリプトはネクスト・インターネット。ここは若い世代牽引していくのではないかと期待しています。

 

10年前、日本人のエンジェル投資家はあまりいなかったのですが、今は30代、40代の投資家が10代や20代のスタートアップを支援しています。それはとてもいいことだと思っています。すなわち世代交代ですね。逆にいま僕は、僕だからこそできる、次のことをしようとしています。

 

–––それは何ですか?気になります!

 

ひとつは、スポーツビジネスです。9年前からアルビレックス新潟シンガポールというシンガポールプレミアリーグのクラブに関わっていたのですが、去年の秋、同社の是永大輔社長が日本のアルビレックス新潟のCEOも兼務することになり、その御縁で僕も日本の取締役に就きました。なので、スポーツのマネジメントを勉強し始めています。アルビレックス新潟を通じて新しいビジネスをやりたいですね。今、東南アジアに空前のサッカーブームが起こっています。各国にプロリーグができて、富裕層がリーグを盛り上げています。ますます広がっていくだろうなと思っています。

 

–––もうひとつの構想は何ですか?

 

もうひとつは、骨髄由来の間葉系幹細胞の再生医療です。幹細胞治療は、新しい医療の主流になると確信しています。アンチエイジングにも効果があります。この施術を望んでいる人に届くように広く発信していきたいです。堀江さんはロケットのビジネスで広告塔・情報発信の起点の役割を担っていますが、私はそれを幹細胞治療の分野で取り組んでいきたいと思っています。ご案内する施術は、自分の細胞ではなく、他人の骨髄から摂取した間葉系幹細胞を使用します。日本国内ではまだ規制があり施術ができません。マレーシアでは230万ほどで受けることが可能です。僕自身、強い関心を持っており実際に投与しています。 

 

–––将来は、施術の価格が現在よりも下がるかもしれないですね。間葉系幹細胞を投与すると、実際にどのように体に影響がありますか?

 

人によって異なるのですが、僕の場合は睡眠の質が上がりました。今も昔も寝つきが悪いのですが、投与前までは寝ても朝までに一、二度は目覚めていたのですが、幹細胞治療を受けてからは朝まで起きるまでぐっすり眠れています。また投与以降は30年以上ずっと8.0以上だった尿酸値が6.7前後になっています。日本でもこの5月から自分の骨髄由来の間葉系幹細胞を使った脊椎損傷の保険適用が始まりました。脳梗塞や痴ほう症での治験のフェイズも順調に進行しているようなので、他の疾患での実用も次々と決まっていくと思います。

 

–––新しい時代が来ますね!最後にバイタリティ溢れる加藤さんから、読者の方にメッセージがありましたらぜひお願いします

 

そうですね、大人はもちろん、若い世代の人たちには特に、いろいろな事を経験して欲しいです。特に、積極的に楽しんで欲しいのは旅です。海外に足を運び、自分の目で見て、自分の耳で聞き、様々な出来事を五感で感じて欲しい。貪欲に動いて欲しいです。インターネットで外の世界を覗いて、行ったこともなく触ってもいないのに知った気になってしまうのが一番良くないですね。若い人には、例えばミャンマーのような国にも行って欲しいです。みなさんご存知の通り、東南アジアは英語が話せなくてもOKじゃないですか。普通に聞く耳を持ってくれるでしょう。そこはアメリカとは違います。躊躇することなく英語でどんどんぶつかっていって欲しいですね。

 

–––貴重なお話をどうもありがとうございました!

Posted by 加藤順彦ポール | comments(0) trackbacks(0)
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