参画先のトピック日記的な覚書き

ビットバンクと僕。12年半の記録(前篇)

2026年10月1日、ビットバンク株式会社はSBIグループの100%子会社となりました。僕には企業として第2ステージを迎えたようにみえてます。設立来の株主だった僕も、この8月に所有する全株式を手離しています。

 

そこでこれまでのビットバンクとの12年半を、僕のfacebookへの投稿と共に前篇、中篇、後篇の3つに分けて振り返ろうと思います。

 

ここまでのビットバンクの歴史は、ビットコインそして日本の暗号資産交換所の歴史そのものだったと思います。改めて振り返りましたが、センシティブな事件があった際などは逆におとなしくしてたのも分かり、「伝えない」こともまた選んでいたのだな、と気づきます。

 

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2014年2月、廣末紀之さんからビットバンク設立の構想をSkypeで聞きました。世はマウントゴックス事件の直後。僕はニュースなどで見聞きしていた「ビットコイン」とは何か、というのを初めてしっかりと聞いたのでした。後から思えば二割も理解できてなかったわけですけど。

 

たまに訊かれるのが、僕が創業時にビットバンクに出資したお金と同額を、もしビットコインにも投じていたらどうなったか、という点です。はい、もちろんビットコインのほうが遥かに利益を生んでいました。

 

当初考案してた会社名はビットコインバンクだったのですが、法務局からNGが出ました。で、2014年5月7日の設立時の社名はビットチェックでした。
7月29日に西麻布交差点のバーに設立直後に設置した ビットコインATMを観に行ってました。

 

8月25日は、設立前後に廣末さんと僕で集めてきたエンジェルの皆さまを対象に「株主感謝の会」を開催しました。社外の個人を対象に投資を募ったのはこのラウンドが最初で最後となりました。「今宵のビットチェックの株主感謝の会、かなり白熱しました。いや、間違いなく面白い会社になりますよ。はい、ご期待ください。」

 

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ビットバンクへの社名変更のあと、2015年7月にはビットコインで最大20倍のレバ取引ができる『ビットバンクトレード』開始。

 

2016年6月、書籍『ブロックチェーンの衝撃』の刊行を通じて、啓蒙と認知向上を図りました。  「発売3日目の『ブロックチェーンの衝撃』いま版元の日経BP様より、『重版出来!』の連絡を頂きました。ビットバンク社内は狂喜しています!」
ビットコイン決済サービス参入と撤退、教育事業やメディア事業での奮闘を経て、
遂に2017年3月の取引所開業にこぎつけます。そしてこの2017年こそ、ビットコインが世間に広く知られる大相場となった年でした。

 

7月12日には、セレスさんを引受先とする第三者割当増資を発表しました(4.1%→29.9%。廣末さんに次ぐ大株主に)。
その9日後の7月21日には目覚ましいビットコインの出来高と高騰ぶりを目の当たりにして、こんな投稿を。
「BTC/JPYが30万円代に回復しました。ビットコインの相場は乱高下が面白すぎるけど、24時間年中無休かつ常に鉄火場」
9月29日には、設立来の念願だった仮想通貨交換業の登録が完了。

 

2週間後の10月15日には高騰を続ける市場を眺めて、ビットコインの価格と登録を終えた会社の手応えが同居してる感を漏らしてます。
以降もほぼ垂直に高騰が続いてた12月。市場参加者そのものが日々増え「これは本当に社会を変えるかもしれない」という空気感は今も憶えています。

 

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翌2018年1月26日、時価にして約580億円の暗号資産が流出するコインチェック事件が発生。いや、ほんと驚きました。

かたや僕自身はfacebookには8月末の退任まで事件のことは一切言及していませんでした。が、なぜか僕は、2月4日の六本木ホリエモン万博にゲスト出演してまして(-_-;)。事件直後の動画です。かなり言葉を選んでる、というか、この件を話したがってないのが分かります (^_^;)
 【加藤順彦×丸幸弘×堀江貴文】ホリエモン万博 怒涛の講演会編   https://www.youtube.com/watch?v=gdo6ypdqjv8
facebookのタイムラインによると、ホリエモン万博のあとは銀座へカラオケ行ってました。その足で。

 

4月24日は、BTCJPYが100万円を回復してることをfacebookにも投稿して、少しホッとしてるようですね。

 

さて、6月22日にはビットバンクも登録業者6社の一社として関東財務局からの8項目にわたる業務改善命令をうけました。
これを受け、ガバナンス強化の一環として、
僕は8月30日 の臨時株主総会で 創業以来4年4か月務めた取締役を退任いたしました。退任時の心境と詳細については、往時のブログをご覧ください。 https://katou.jp/?eid=626
9月8日には優秀なjiroさんのブログをご紹介しつつ、「すばらしい現場力形成を見届けることが出来た…取締役の僕としてのラスト2か月でした。」 と投稿していました。

 

廣末紀之さんとは、彼が野村證券からGMOインターネットに転職(1999年12月)したタイミングで知り合いました。間もなくGMOのメールメディア事業の責任者となり、当時、僕が営んでいた広告会社(株式会社日広)にとっては仕入先としてお付き合いが深まりました。

2003年2月、廣末さんからご紹介いただいたのが、今も共にLENS MODEを営む楢林悦朗さんです。則ち、いま僕がシンガポールに居るのは廣末さんのご縁なのです。そんなLENS MODEそしてビットバンクの設立の経緯は、こちらにもまとめています。

仮想通貨交換所は、生涯最大の乱高下投資に   (WebLEON 2018年11月13日 公開)