2026年10月、「転職のまぐまぐ」に掲載されたインタビュー(初出:2006年7月)のアーカイブがいつの間にか消えてたので、まぐまぐさんから転載の許可をいただき、いまいちどこのブログにて20年前のを公開させてもらいます。
しかし今なおサプリそして他家間葉系幹細胞点滴のマニアですが、この頃は11種も摂ってたんですね、いまは6種類です。

この年=2006年は、1月16日にたかぽんが逮捕され、3月に日広が単月売上10億を突破した年。
日広は当時6月決算だったんですけど、、前月末で閉まった2005年度売上は前年度73億に対して、140%UPの102.8億でした。
140%!後にも先にもないなーww。
しかし・・・このインタビューをうけてた頃が加藤個人としては空前絶後にかなりシャバかった真っ只中でした。
実は4月以降毎月、単月目標割れ、前月割れという…これまた、初めての体験をしてた頃でして。
質問に答えながら、出口のない『顧客&売上の喪失』ラッシュに、ビビッていたことを思い出します。
結局・・そのまま、会社を手離すことに決めた2007年11月まで、業績は回復しなかったわけですが。
にしても、若いな。流石に。39歳ですか。
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転職のまぐまぐ ビジネスキーパーソンWebインタビュー
株式会社日広 代表取締役社長 加藤順彦氏
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第18回 前編
●加藤順彦(かとうよりひこ)1967年、東京都生まれ。関西学院大学入学後、株式会社リョーマの創業に参加。情報通信サービス、コンテンツ事業などでさまざまな学生起業を友人達と手がける。事業の終焉にともない、徳間書店グループへ勤務。音楽・映画などのプロモーションなどに携わる。92年に日広を設立。
(株)日広Webページ http://www.koukoku.jp/
『時代の最先端をキャッチアップせよ』
・新しい広告を提供したい
――御社の業務内容を教えてください。
加藤社長: インタラクティブマーケティングを得意とする総合広告会社です。クライアントからの課題に対して、マーケティング戦略、メディア戦略、クリエイティブ戦略をアイデアとして統合し、生活者にもっとも効果的に響くよう、戦略的かつフレキシブルな広告展開を立案しています。
――メインはインターネット広告でしょうか。
加藤社長: そうですね。弊社は雑誌広告からスタートしましたが、96年には、いち早くインターネット広告の取り扱いを始めました。3年後の99年には、インターネット広告が売上の9割を占めるまでになりました。
――インターネットに軸足を移したのはなぜですか?
加藤社長: これからインターネット広告市場が伸びていくという確信があったことが大きかったですね。また、インターネットの登場によって既存の広告の役割が変われば、新しい時代の新しい広告会社が必要になるのではないかという読みもありました。
私たちが弊社を「総合広告業」と位置づけているのも、ただインターネット広告とその他もを扱うというだけではなく、新しいコミュニケーションに対応できる、新しい広告の在り方を世の中に提供していきたいという思いを込めているからです。
・追い風に煽られて大きくなった
――成長の秘密を教えてください。
加藤社長: 弊社は、時代の追い風に煽られてここまで大きくなったと思います。インターネット広告の市場規模は、96年の約16億円から、06年には約2880億円まで伸びました。この10年間は、この追い風をつかんでウインドサーフィンをしているような感覚でした。
――ただ、同じ広告業でも、追い風に乗れなかった企業が数多くあります。
加藤社長: 00年くらいまでは、自称“インターネット広告代理店”も多かったですよね。ただ、ネットバブルが弾けて、それらの多くが淘汰されてしまいました。
――それらの会社との違いはどこでしょう?
加藤社長: この10年間は変化が非常に激しかったように思います。時代の変化、技術の変化、そしてインターネットと人の関係の変化…。一度、波に乗ったとしても、これらの変化をつねにキャッチアップしていかないと、持続して成長するのは難しい。弊社は「時代の先端にフィットしたコミュニケーションを創出し続けること」をミッションに掲げていますが、その意識を持ち続けることが大切だと感じています。
・社員1人1人の活躍を重視する
――社長として気にかけていらっしゃることはありますか?
加藤社長: いま意識しているのは、社員1人1人が成長できる仕組みがあるのか、そして1人1人の目標をトレースできる組織なのかどうかという点ですね。
――その経験は、何かの役に立ちましたか?
加藤社長: 私から見て、弊社は3つの時代に分けられます。92年に創業してからの3~4年は、枠の調達が会社の序列で決まる雑誌広告にあまり夢を感じられず、人に求められる範囲、自分でなんとかやっていける範囲で事業を展開していました。
その後、96年にインターネットに出会い、新しいメディアとして注目し「これこそ自分の一生をかけてやる事業だ」と確信しました。そこでしばらくは、私が社員を引っ張る形で事業を展開していきました。ただ、良くも悪くも“マイ・カンパニー”は社長しだいで、個人の能力だけでは足りない部分が生じてしまいます。
そのため99年ごろから考え方を変えて、社員1人1人が力を合わせて成長を続ける“アワ・カンパニー”へと大幅な権限委譲を行いました。そして、この先目指すのは、“ユア・カンパニー”です。もはや自分達だけの会社ではなく、「世の中になくてはならない存在」になろうと志しています。
――社員を大切にする姿勢も、御社が成長を続けている理由の1つだと思います。
加藤社長: この業界は人材の流動が激しく、弊社も中途採用が多いのですが、一方で、離職率は一般企業に比べてもかなり低い。これも社員1人1人が、弊社を自分が成長するステージだと捉えてくれているからだと自負しています。
また、風通しのよい組織でありつづけるということに、こだわっていますね。意識的にさまざまなコミュニケーション施策が横断しています。なにもしないで、風通しのよい組織など、ありえないですから。しかも、社員同士が交流できる企画や、仕事のやり方なども、上から押し付けるのではなく社員からの発案や、提案によって運営されています。私がやっていることは、「どうしたら、自分が発揮できる、居心地のよい会社であれるかを考えてください」と、言い続けているだけです。

第18回 後編
●加藤順彦(かとうよりひこ)1967年、東京都生まれ。関西学院大学入学後、株式会社リョーマの創業に参加。情報通信サービス、コンテンツ事業などでさまざまな学生起業を友人達と手がける。事業の終焉にともない、徳間書店グループへ勤務。音楽・映画などのプロモーションなどに携わる。92年に日広を設立。
(株)日広Webページ http://www.koukoku.jp/
『学生時代にビジネスを学んだ』
・経営者一族に生まれて
――小さなころはどんなお子さんだったんですか?
加藤社長: 私はけっこう特殊な環境で育ったかもしれません。祖父も父親も経営者で、実家は300坪以上もある大きなお屋敷。ハイヤーで祖父の送り迎えをするような家でした。小さいころはそれが普通だと思っていたから恐ろしいですね(笑)。
――そういった環境で育つと、自分も経営者になろうと自然に考えるものですか?
加藤社長: 小学校5年生のときに創業者だった祖父が亡くなったんです。祖父のお葬式には1000人を超える方が参列してくださって、私は喪主である父親の隣に座っていました。すると、みなさんが口を揃えて、「おじいさんが作った会社をキミが守らなあかんのやで」と声をかけてくださった。そうなると、否が応でも自分は経営者になるのだということを意識するようになります。
・資金がなくてもビジネスはできる
――学生時代は、どんなふうに過ごしていましたか?
加藤社長: 商売の勉強をしようと思って商学部に進学したのですが、ケインズを読んでも実際の商いには何の役にも立たないことに、入学してから気がつきました。入学早々、五月病でしたよ(笑)。
その後、イベントを企画している先輩と知り合い、行動を共にするようになりました。19歳のころに、その先輩が学生向けに運転免許合宿の斡旋をするビジネスを立ち上げたので、そのお手伝いをしていました。
――合宿免許に目を付けたのはなぜですか?
加藤社長: 運転免許は、学生がお金の使いみちの中でも、もっとも額が大きい買い物の1つ。私も大学に入る前、それまで大事に貯めていた貯金をはたいて免許を取りましたからね。これはビジネスになると思いました。
ただ、学生起業でお金がないから、広告も打てないし、パンフレットもばら撒けない。そこで各大学の合格発表の日に出向いて、合格したと思われる表情の明るい人に絞ってパンフレットを配布。その結果、なんと160人の申込みがありました。これが私の初めてのビジネス体験でした。
――当時の体験は、いまのビジネスに役に立っていますか?
加藤社長: そうですね。その後も先輩や知り合いの起業にいろいろと参加させてもらって、ビジネスの面白さや仕組みを学ぶことができました。私が会社を興したのは7年後の25歳でしたが、それまでのさまざまな経験と人脈が現在に活かされていることは間違いありません。
・元気の秘密はサプリメント
――プライベートで気にかけていることはありますか?
加藤社長: やはり健康でしょう。ここ15年くらい、毎晩いろいろな人に会って会食をしていますが、さすがに近頃は体がついていかないことが多くて。若いころは睡眠時間が3時間でも平気だったんですけど、いまはそれだと翌日に影響が出ます。
――忙しい中、睡眠時間はどうやって確保されるのですか?
加藤社長: 最近、思い切って会社の近くに引っ越したんです。通勤時間が短くなったので、そのぶんじっくり眠れるようになりました。いまは最低でも1日5時間は確保するようにしています。
――その他、健康で気をつけていることは?
加藤社長: じつは私はサプリメントマニア。健康のために1日11種類のサプリを飲んでいます。実際の効果はよくわからないのですが、精神的な部分が大きいのかも。病は気から、といいますが、サプリを飲むととにかく健康になった気がするんですよね。ビジネスマンは体が資本。これからも元気に働きたいですね。
(取材を終えて)
ここでは紹介しきれなかったが、学生時代の起業話をいろいろと披露してくれた加藤社長。何も知らなかった10代の少年が、試行錯誤を繰り返してビジネスパーソンとして成長していく数々のエピソードは、創業以来、つねに新しい広告に挑戦してきた日広の姿とだぶって見えた。今後も注目の企業だ。

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